夜の山での出来事

19 :1/3:2007/02/05(月) 12:43:02 ID:daxwnwRr0
 
父から聞いた話。

その日、父がテントを張ったのは、崖?急斜面?(石がゴロゴロしている)を下った所にある水場の近く。
眠っていると、ガラガラと斜面を駆け下りる音が聞こえて来る。
こんな時間に降りてくるとは大変なこった、と思いつつ、うとうとしていたが、音はなかなかやまない。
ああ、結構な人数がいるんだなぁと思いながら、懐中電灯を持って外に出た。
外に出ると、他のテントからも顔を覗かせている人がいた。
その人と一緒に、懐中電灯で合図を送る。
「気をつけろよー!こっちだー!」と声を掛ける。
男達(女もいたかもしれないが暗くて見えない)は、岩場をガラガラと音を立てながら下ってくる。
どうも学生の様に見えたそうだ。立派な装備を持っている。


19 :2/3:2007/02/05(月) 12:43:02 ID:daxwnwRr0

しばらくして全員が降りて来た。登山部の学生達だったそうだ。
学生達は「助かりました」「ありがとうございます」と口々に言うと、水場に向かった。
リーダー格らしき男に、「今からテント張るの?手伝おうか」と声をかけると、
男は「大丈夫です、本当にありがとうございました」と微笑み、同じ様に水場へ向かっていった。

父はしばらくその姿を眺めていたが、明日も早い事を思い出した。
一緒に学生達を誘導した男性に声をかけ、テントに戻った。




21 :3/3:2007/02/05(月) 12:46:03 ID:daxwnwRr0

 
朝、目覚めてテントを出ると、学生達の姿がない。
もう出発したのか、元気だなあ、と思いつつ煙草を吸っていると、
同じ場所でテントを張っていた初老の男性が声を掛けて来た。
「あなた、昨日の夜、学生さんに会ったかね」 
「え?ああ、はい。夜中に崖を降りる音が聞こえたので。 
 若い奴は無茶をしますね。もう出発した様ですが」
と答えると、男性は「そうですか」と言って渋い顔をした。

父は意味が分からず「?」だったが、しばらくすると、昨日一緒に学生を誘導した男性が、テントから出て来た。
「おはようございます」と声をかけると、男性は憔悴した顔をしている。
「どうかしましたか?あの学生達はもう出発した様ですよ」と言うと、
男性は「昨日、あなたがテントに戻った後・・・」と話し始めた。
男性は父がテントに戻った後も、何となく学生の姿を眺めていた。
学生達は喉が渇いていたのか、皆で水場で水を飲んでいた。
よっぽど水が飲みたかったのか、皆、真剣に飲んでいる。
しばらくすると学生達は満足したのか、水場を離れた。
そしてそのまま、スーっと崖の方に向かって行ったのだそうだ。
男性は「おい、もう遅いんだから、今日はここで休んだ方がいいぞ」と声をかけたが、
学生達は微笑みながら「ありがとうございました」「やっと水が飲めた、満足です」と言って、
そのまま行ってしまった。
学生達は崖を登って行く。なのに何の音もしない。
そこで男性は、この学生達はもう生きていないんだ、と気がついたそうだ。
ずっと水が飲みたくて、そして彷徨っていたんだ、と思うと急に恐ろしくなって、
急いでテントに戻って、朝まで震えていたと言う 


22 :ラスト:2007/02/05(月) 12:46:46 ID:daxwnwRr0
 
父は「そんな馬鹿な」と思ったが、何か言う前に初老の男性が先に言葉を発した。
「ありがとうございました。あいつら、やっと成仏出来ました」
初老の男性は手を合わせて、涙を流した。

詳しく話を聞くと、初老の男性はあの学生達の中の1人の父親で、
学生達は数年前に、この山で遭難して亡くなってしまったんだそうだ。
それからと言うもの、事故が起こった日が近づくと、初老の男性はこの山に登る様になった。
いつもこの場所にテントを張るが、真夜中になると崖を駆け下りる音が聞こえていたそうだ。
男性はその音が聞こえると、いつも念仏を唱え、成仏を願っていたと言う。
「そうか、あいつら水が飲みたかったんですねえ。 
 私は気がつく事が出来ず、ただただ念仏を唱えるだけで・・・」
と初老の男性は涙を流し続けた。

その後、父は何度かその場に向かい、タバコとお酒を供えたそうだが、
もう二度と、真夜中に崖を駆け下りる音は聞こえなかったと言う。